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フランスは怒っている

2015/01/08
昨日パリ11区にある「シャーリーエブド」本社で銃撃事件があった。
ちょうどお昼を食べているときに
「銃撃戦があったって聞いたけど、どうなってんの?」
という旦那ちゃんのメールで即ネットとテレビをつけ、事の次第を知った。

シャーリーエブドは左派よりの新聞で、過激な風刺が特徴だった。
マホメッドの風刺画を複数掲載していて、
何度もイスラム原理主義者らから脅迫を受け、
2011年には本社を放火テロで失っている。
24時間体制の警察警備がついていた。

12人の死者のうち、

カブ(77歳)
シャルブ(47歳)
ティニュス(57歳)
ヴォランスキー(80歳)

この4人は有名な風刺漫画家だった。
フランス人は子供のころからこの4人の漫画を見て育ったといってもいいくらい。
日本で言ったらドラえもんの作者とか、サザエさんの作者とか、
(もちろん彼らはあんな強烈な風刺画は書かないけど)そのくらい身近な人たち。
そんなわけで今回のテロはフランス人にとって、大きなショックだったのです。

シャーリーエブドが好きか嫌いかは別として、
自分がおかしいと思ったことに対して、ペンで立ち向かった人たちが、
数々の脅迫にも屈せず書き続けた人たちが
圧倒的な暴力で口を閉じられてしまったというのが今回の事件なのです。

昨日の夜レプブリック広場には多くの人が集まり、
「Je suis Charlie」(私はシャーリー)
と書いた札を持っていました。

言論の自由を守る
と言ってもピンと来ないかもしれないけれど、
すなわち、「気に入らないことを言った、書いた」という理由で
銃殺されたり、暗殺されたりする世の中にしたくない。
ということですよね。

反論を行ったり、裁判にかけるのはいいけれど、
問答無用の処刑は許されていいことじゃない。

殺されるんじゃないかとの恐怖から
「あれ、おかしいんじゃないの?」
と思ったことも言えなくなる。
そんなのは耐えられない。

そんな社会をテロ行為によって作り出そうとしている原理主義者への
無言の戦いをフランス人たちは挑んだのです。

「私はシャーリー」
とはすなわち、
「あなたたちの脅迫には屈しないよ」
という意味なのです。

守るものがあるとき、人は戦うんだなと、
それが暴力や軍隊という形だけでなく、ペンや行動でも戦えるのだと。

というわけで、フランスは無言の怒りをもって、無言で戦っています。

10906223_896029420430808_3600222379466320487_n.jpg
「神は存在しない」(タイトル)
「否!」


charb1.jpg
「マホメッドが原理主義者にお手上げ状態」(タイトル)
「馬鹿どもに好かれるってなんて辛いんだ」マホメッド

By カブ




蛇足になりそうだけど、
日本の若者たちも、今の政治に不満があるのなら、自分が変えればいい。
あきらめた時点で、受け入れたことになる。
受け入れることはその片棒を担ぐこと。
すぐには変化は来ないかもしれないけれど、
自分の住みたい世の中にするために「何ができるか」考えるところから始めてみてはどうか。


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16:48 日記・雑記 | コメント(2) | トラックバック(0)
コメント
No title
言論の自由が認められてるからって何言ってもいいんですかねえ
散々煽っておいて殺されたら大騒ぎw
こんな低俗な雑誌でもイスラム教徒に比べたらましっていうことでフランス人は団結してるんですかねえ
殺されて本望じゃね
Re: No title
言論の自由が認められているからって何を言ってもいいわけではありません。
もちろん。
私個人はシャーリーヘブドが好きではありませんし、買ったこともありません。

民主主義国家である以上、正面から反論することも、裁判に訴えることも、低俗だと思える雑誌を買わないこともできるわけです。暴力に訴えることなく、各個人,または団体のできる方法で異を唱えればいいのです。

書かれた内容に賛成か、反対かは別として、それによって命を奪われる様な世の中にしないために団結しているんだと思います。

このブログの内容が気に入らないからって命を脅かされ、24時間体制の警備がつくような生活を送ったり、機関銃で殺されたくはありません。
コメントの内容が問題だと言って明日誰かが殺されることも願いません。
あちこちから監視され、びくびくしながら生きていきたくないのです。

ネットで無名で批判をすることは簡単です。
私も、ネット上の気軽さで正面切って言いにくいことも書いてしまう場合があります。

少なくとも、4人のイラストレーターたちは、逃げも隠れもすることなく、数々の脅迫も、命の危険も承知の上で自分の信じる社会を実現させるため正々堂々と戦ってきました。私に、同じ様に戦えるかと聞かれたら、「無理です」と答えるでしょう。
とてもそこまでの勇気はありません。
繰り返しになりますが、彼らの表現の仕方に賛同するわけではありません。
しかし、彼らの勇気には敬意を払います。
機関銃を持って覆面で押しかけ12人からの命を奪った犯人は軽蔑に値します。

ここにはイスラム教徒の善し悪しという議論は全く入る余地のないものです。

勘違いした人たちがイスラム教徒に対し偏見を持ったり、差別をしたり、暴力を加えたりするのもシャーリーヘブドのテロと同じように軽蔑に値するものです。
第一10人に1人はイスラム教徒のフランス。
水曜日の夜にレプブリック広場に集まった人たちの中にたくさんのイスラム教徒がいました。
今日たまたまイスラム教徒の方数人にインタビューをしましたが、皆さん、
「風刺画のことは行き過ぎだが、だからといって殺されていいわけではない。あんなのはイスラム教徒ではない。イスラムは平和を大切にするんだ。同じにしないでくれ」とおっしゃっていました。




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