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フランスと人種差別

2015/04/01
フランスはたくさんの人種が混ざり合って暮らしている。
ヨーロッパ諸国はもちろんのこと、
モロッコ、アルジェリア、チュニジア系、
フランス語圏アフリカ諸国からの黒人さん、
インド系、ベトナム、ラオス、カンボジア系。
海外県からの黒人、ポリネシア系、中国系など様々。
そして、中国人、日本人、韓国人、中近東、ユダヤ。
白人でも、生粋のフランス人ってすごく少なくて、
ロシア系だったり、ポーランド、イタリア、スペイン等々混ざっている。


人種差別がないわけではないが、アメリカの人種差別とはまたちょっと様子が違う。
だって、黒人さんだって、来たばかりの移民かもしれないし、何世代にもわたったフランス人かもしれない。
アジア人だってどこから来たのか移民かフランス人か判らない。
白人だって同様。

なので人の肌の色で単純に差別することはめずらしいと思う。

個人的に「日本人」または「アジア人」という理由で差別を受けた経験はない。
観光地を歩いていて、
「ニーハオ」
と、声をかけられるのにうんざりするくらいか。

「フランス語ができない」
という理由で馬鹿にされたことはあるが。


時々、旅行できた日本人で、
「テラス席に座らせてもらえなかった」
「店の奥にアジア人だけ固められた。アジア人だから差別された」
と言う人がいるらしいが、
それは「アジア人だから」という差別とはちょっと違う。

パリのカフェやレストランでは、席によって担当のギャルソンが違う。
カフェに入ったときに対応したギャルソンが自分担当の席に案内することもあれば、
観光客など、フランス語の通じない相手だと、英語のできるギャルソンの席に案内することもある。

テラス席は
「テラスに座りたい」
といえばよいはず。(ただしテラス席=喫煙席。たばこの苦手な方はご注意)
あっちから「テラスか中か?」
と聞くのが普通だけれど、
言葉が通じない相手だと面倒がって省略されることもある。


個人的な話に戻るけれど、フランス語に不自由がなくなった今でも、
観光地のカフェに行くと、観光客と間違えられることがある。
相手の硬い表情や、ぶっきらぼうな言葉遣いですぐ判る。

そんなとき、気の利いたフレーズを一言二言フランス語で言うと、
とたんにギャルソンの表情がぐっと柔らかくなり、
応対が滑らかで愛想のいいものに変わる。
注文したり、パンのおかわりをもらうごとにチョチョッと言葉を交わして、冗談を言い合って、
楽しい時間を過ごさせてもらえる。
サービスもぐっと良くなる。

ギャルソンの醍醐味(?)はその楽しい応対による。
たま~に仏頂面で愛想のないのもいるけれど、
大概、ダイナミックで、会話が楽しく冗談を言ったりして笑わしてくれる。

ボケとツッコミじゃないけど、客とギャルソンの絶妙の呼吸があって、
それができるかできないかで、ずいぶん違う。


要は、彼らの「差別」は、「アジア人かどうか」というよりも、
「言葉が通じるかどうか」すなわち「フランス語ができるかどうか」
もっと突き詰めてしまうと、
「コミュニケーションがとれるかどうか」
にかかってくる。


なんと云っても、「言葉の国フランス」なのだ。
「コミュニケーション、言葉第一」のフランス人にとって、
「言葉は通じないし、考えてることもよくわからないヤツ」ってのは、どうしていいかわからない。
不気味で恐ろしいのだ。

さらに片言でも、どんどん自分の主張をしてくる欧米人に比べて、
従順でおとなしく相手の顔色をうかがう日本人は
「コミュニケーションがとれない」
と思われるのかもしれない。


日本のお愛想や、マニュアル通りのサービスとは無縁のフランス。
サービス業だって、もっと人間くさくて生々しい。
そこが面白いとも言えるし、面倒だとも言える。

「ひどい」
と思える扱いを受けたとしても、たいていの場合、
「誤解」であったりある種の「差別」ではあっても、「人種差別」では決してないんです。


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17:20 日記・雑記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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