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Web記事のこと

2016/03/16
こんな素敵な記事にしていただきました。

音楽は楽しい

加筆するなら、こんなこと。

チェロもピアノも、西洋から来た楽器はやはり西洋人の体型に合った形に作られているということ。
体系の違いは背の高さということではなく、比率。
手の大きさはもちろんのこと、腕の長さや足の長さそれに対する胴の割合。
西洋に行ったことのある人なら、隣に座っていた同じくらいの座高の人が、
立ち上がったとたん自分より2,30cm背が高かった、なんて経験があるはず。
アジア人は、足が短い、腕が短い、手が小さい。
その分ポジションを工夫し、体全体を楽に使って、大きく弾かなければ無理が来る。
それを考えないでいると、西洋人が自然にやってのけることに大いに苦労することになるのです。


そして、練習について。

練習とはミスを犯さないためにするものではありません。
楽譜から読み取ったものを表現するために四苦八苦すること。
天才作曲家は1音たりとも無造作に書いてはいません。
一つ一つの音に意味があって、精巧な作りであればあるほど
一つ欠ければ全体の意味に支障をきたすことになります。
だから、誠実に表現しようとすればするほど、ミスがあることが致命的になるのです。
けれど、ミスのない演奏でも、何の表現もされていなければそれは音楽ではなくただの雑音です。
本末転倒になってはいけない。

自分がそのことに気が付いた時、
「こう弾かなければならない」が「こう弾きたい」に変わった時、
練習が楽しくなりました。
そして、自分に足りないところもどんどん見えてきました。
テクニックが改善されればそれだけ表現の自由を得られることも。
そのために基礎的なエクササイズや筋トレ的な練習、エチュードを練習することが楽しくなりました。
解釈、表現、云々に悩まされず、機械的に筋トレを繰り返す、無心の時間も気分転換になったりして。
アスリートが筋トレをするのと同じ効果が、音楽にも通用するわけです。

演奏しているとき、左手の跳躍や、右手の速さなど全く気にせずに音楽の、表現のことだけに集中できる。
これほど幸せな時間はありません。

音楽を教える機会があるならば、こんなことを伝えていきたいと思っています。




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03:26 日記・雑記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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